(06/22)
映画の名脇役として数多くの作品を彩り、テレビのバラエティー番組でもお茶の間の人気を博した女優でタレントの中村玉緒が、今月9日に肺炎のため死去した。86歳だった。所属事務所の長良プロダクションが公表した。
1939年7月12日、京都府京都市の由緒ある芸能一家に生まれた。父は歌舞伎俳優の二代目中村鴈治郎、兄は四代目坂田藤十郎であり、後に結婚した夫の勝新太郎や、長男の鴈龍も俳優という環境で育った。1953年に映画『景子と雪江』で銀幕デビューを飾り、翌1954年には大映と専属契約を結ぶ。
その後、溝口健二監督の『新・平家物語』や市川崑監督の『炎上』『黒い十人の女』などに相次いで起用された。多くは助演としての出演であり、市川雷蔵ら当時のスター俳優を支える卓越した名脇役として地位を確立。1960年公開の映画『ぼんち』『大菩薩峠』では、第11回ブルーリボン賞の助演女優賞を受賞した。
1970年代からは活動の軸をテレビドラマへと移し、1997年6月21日に夫の勝新太郎と死別して以降は、東京都内で一人暮らしを営み、趣味のパチンコを楽しみながらタレント活動を謳歌した。
1990年代を迎えると、お笑いタレントの明石家さんまが司会を務める『さんまのスーパーからくりTV』などのバラエティー番組で見せたとぼけたキャラクターが一躍話題となり、親しみやすい人柄で多くのCMや番組に引っ張りだことなった。明石家さんまと中村玉緒の冠番組として人気を誇ったTBS系特番『さんま・玉緒 あんたの夢をかなえたろか 30周年SP』への2023年1月の出演が、最後のメディア露出となった。
同事務所の取材によると、中村玉緒は2023年2月に仕事先の名古屋で誤って転倒し、緊急搬送されていた。「背骨の圧迫骨折」と診断されてからは東京都内の介護施設で療養生活を送っており、仕事への従事や公の場へ姿を現すことは一切なかった。最期の瞬間は、その療養先の施設で迎えたという。
『さんまのスーパーからくりTV』で長年共演していた女優・浅田美代子は次のようなコメントを公表している。
「さんまのからくりTV」以来のお付き合いで、その後に明石家さんまさんと3人で海外ロケをする旅番組も長くご一緒させていただきました。玉緒さんも私も海外の史跡に全く興味がなく、2人して「オンエアで見るからいい」と言って中まで入らず、さんまさんからよく「おたくら仕事でっせ」と怒られていたのが印象に残っています。本当に楽しい思い出ばかりです。
「さんまのスーパーからくりTV」が終了してからも頻繁に出演メンバーで集まり、楽しく食事会をしていました。玉緒さんはプライベートではたいへんな苦労をなさってきたのに、本当に明るい人。楽しいことが大好きな人でした。いまでも、あのガハハという笑い声が聞こえてくるようです。
この数年は、会えていなかったことが悔やまれます。会いたかったな……。
大好きなパパさんとやっと一緒にいられますね。どうか安らかに……。
1939年7月12日、京都府京都市の由緒ある芸能一家に生まれた。父は歌舞伎俳優の二代目中村鴈治郎、兄は四代目坂田藤十郎であり、後に結婚した夫の勝新太郎や、長男の鴈龍も俳優という環境で育った。1953年に映画『景子と雪江』で銀幕デビューを飾り、翌1954年には大映と専属契約を結ぶ。
その後、溝口健二監督の『新・平家物語』や市川崑監督の『炎上』『黒い十人の女』などに相次いで起用された。多くは助演としての出演であり、市川雷蔵ら当時のスター俳優を支える卓越した名脇役として地位を確立。1960年公開の映画『ぼんち』『大菩薩峠』では、第11回ブルーリボン賞の助演女優賞を受賞した。
1970年代からは活動の軸をテレビドラマへと移し、1997年6月21日に夫の勝新太郎と死別して以降は、東京都内で一人暮らしを営み、趣味のパチンコを楽しみながらタレント活動を謳歌した。
1990年代を迎えると、お笑いタレントの明石家さんまが司会を務める『さんまのスーパーからくりTV』などのバラエティー番組で見せたとぼけたキャラクターが一躍話題となり、親しみやすい人柄で多くのCMや番組に引っ張りだことなった。明石家さんまと中村玉緒の冠番組として人気を誇ったTBS系特番『さんま・玉緒 あんたの夢をかなえたろか 30周年SP』への2023年1月の出演が、最後のメディア露出となった。
同事務所の取材によると、中村玉緒は2023年2月に仕事先の名古屋で誤って転倒し、緊急搬送されていた。「背骨の圧迫骨折」と診断されてからは東京都内の介護施設で療養生活を送っており、仕事への従事や公の場へ姿を現すことは一切なかった。最期の瞬間は、その療養先の施設で迎えたという。
『さんまのスーパーからくりTV』で長年共演していた女優・浅田美代子は次のようなコメントを公表している。
「さんまのからくりTV」以来のお付き合いで、その後に明石家さんまさんと3人で海外ロケをする旅番組も長くご一緒させていただきました。玉緒さんも私も海外の史跡に全く興味がなく、2人して「オンエアで見るからいい」と言って中まで入らず、さんまさんからよく「おたくら仕事でっせ」と怒られていたのが印象に残っています。本当に楽しい思い出ばかりです。
「さんまのスーパーからくりTV」が終了してからも頻繁に出演メンバーで集まり、楽しく食事会をしていました。玉緒さんはプライベートではたいへんな苦労をなさってきたのに、本当に明るい人。楽しいことが大好きな人でした。いまでも、あのガハハという笑い声が聞こえてくるようです。
この数年は、会えていなかったことが悔やまれます。会いたかったな……。
大好きなパパさんとやっと一緒にいられますね。どうか安らかに……。
関連ニュース
関連テレビニュース
注目ワード
【人物】中村玉緒
【キーワード】
中村玉緒 死去 勝新太郎 浅田美代子 病気
【ニュースカテゴリ】
出産 破局 離婚 エンタメ 失言 ジャニーズ 熱愛 結婚 妊娠 不祥事 暴言
最新エンタメニュース
JASRAC許諾番号
6834131007Y41011
Blau
6834131007Y41011