(07/14)
俳優の山本耕一さんが2026年1月29日午前2時18分、肺がんのため東京都内の病院で死去していたことが明らかになった。90歳だった。遺族がテレビ朝日の電話取材に応じたことで公表された。
長女の山本麻利央さんによると、山本耕一さんはおよそ3年前から持病を抱えており、療養に努めながら自宅で日々を過ごしていたという。彼女は「母が亡くなってから23年経ったが、私たち家族と、父は色々な場面にいてくれた。最期は私と主人と娘で看取れたので、今でも寂しいが、父の年を考えると自然なことだったと考えたい」と心境を語り、「父には、ただただ感謝」と亡き父への深い感謝の念を表した。
山本耕一さんは早稲田大学文学部を中退後、1956年に俳優座養成所に第8期生として入所。1959年の卒業に伴い新人会へ籍を移し、翌1960年の舞台『ドン・カルロス』で本格的に役者としての第一歩を踏み出した。
以降は演劇の世界に留まらず、銀幕やテレビドラマにも活躍の場を広げた。特撮番組『ウルトラセブン』や、NHK大河ドラマ『天と地と』『樅ノ木は残った』など、数々の話題作で存在感を示した。
さらに1972年からは、テレビ朝日系のワイドショー『アフタヌーンショー』でリポーターに挑戦。『ザ・事件』というコーナーを担当するなど、報道分野でもマルチな才能を発揮して親しまれた。プライベートでは1965年に、同じく役者として活動していた小林千登勢さんと結婚し、おしどり夫婦としても知られていた。
長女の山本麻利央さんによると、山本耕一さんはおよそ3年前から持病を抱えており、療養に努めながら自宅で日々を過ごしていたという。彼女は「母が亡くなってから23年経ったが、私たち家族と、父は色々な場面にいてくれた。最期は私と主人と娘で看取れたので、今でも寂しいが、父の年を考えると自然なことだったと考えたい」と心境を語り、「父には、ただただ感謝」と亡き父への深い感謝の念を表した。
山本耕一さんは早稲田大学文学部を中退後、1956年に俳優座養成所に第8期生として入所。1959年の卒業に伴い新人会へ籍を移し、翌1960年の舞台『ドン・カルロス』で本格的に役者としての第一歩を踏み出した。
以降は演劇の世界に留まらず、銀幕やテレビドラマにも活躍の場を広げた。特撮番組『ウルトラセブン』や、NHK大河ドラマ『天と地と』『樅ノ木は残った』など、数々の話題作で存在感を示した。
さらに1972年からは、テレビ朝日系のワイドショー『アフタヌーンショー』でリポーターに挑戦。『ザ・事件』というコーナーを担当するなど、報道分野でもマルチな才能を発揮して親しまれた。プライベートでは1965年に、同じく役者として活動していた小林千登勢さんと結婚し、おしどり夫婦としても知られていた。
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